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TOHJIRO監督が旅立たれました

2025年にお会いした時のTOHJIRO監督
ドグマの創始者であるTOHJIRO監督が、2026年7月17日に永眠されました。享年70。
ドグマから皆様へご報告
【Yahoo!ニュース】TOHJIROこと伊藤智生さんが死去
TOHJIRO監督とイラマチオ研究所の関係
TOHJIRO監督がドグマを立ち上げたのが2001年。
ドグマの『拘束椅子トランス』などで、性癖を捻じ曲げられた私が、イラマチオ研究所を開設したのが2005年8月。
そしてその翌月、2005年9月に発売されたのが『Mドラッグ 星月まゆら』でした。
当時もこのタイミングに驚きましたが、今となっては運命めいたものを感じます。
研究所開設当初の年間ランキングは、2006年・2007年と、ドグマ作品が上位を独占していました。
大げさでなく、この研究所はTOHJIRO作品とともに歩み始めたようなものです。
イラマチオというジャンルが、単なる過激さだけでなく、女優さんの表情や覚悟や関係性まで映し出す「表現」になり得ること。
それを最も高い水準で見せてくれたのがTOHJIRO監督でした。
監督がいなければ、このジャンルの景色はまったく違うものになっていたかもしれません。
監督とのご対面

対面日の事務所からの風景
2025年4月、ドグマのFK2監督へのインタビュー取材の際に、事務所におられたTOHJIRO監督にお会いすることができました。
研究所開設から20年、Mドラッグのリリースからも20年というタイミングでした。
当時も、体調を崩されているとは聞いていましたが、とても元気そうで、「ようこそいらっしゃいました」と優しくもてなされました。
作中の怖いイメージは全く無く、Mドラッグの歴史やSMに対する熱い想いを聞かせていただきました。
一度きりの対面となってしまいましたが、お会いすることが出来て本当に良かったです。
最後に
現時点(2026年7月)で監督一覧でのTOHJIRO監督作品の数はトップ。
これ以上監督の作品が増えないのは寂しいですが、TOHJIRO魂が引き継がれたドグマ制作陣による作品はこれからも増え続けます。
TOHJIRO監督、たくさんのド変態作品をありがとうございました。どうぞ安らかに。
イラマチオ研究所 所長

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